デザイナー

グラフィックデザイン、商品企画デザイン、工業デザイン、パブリックデザインなど一連の企画立案に携わり、リタイア後はフリーとなる。

携わってきた仕事


キャロット−Ⅲ
キャロット−Ⅲ

キャロット3

障害児用チャイルドシート製品のデザイン(2011.04発売/株式会社シーズ)

 諫早市内にある福祉器具のオーダーメイドおよび工業製品の製造販売を行っている会社の商品開発にかかるデザイン業務をお手伝いしています。携わった商品「CARROT-Ⅲ」は、障害児を車で安全に移動できるよう開発された障害や成長に対応するチャイルドシートで、ヨーロッパをはじめ国際安全基準をクリアーした認定商品として世界に輸出されています。

 また、昨年からデザインコンペなどに積極的に応募し、今年は「キッズデザイン賞(経産省)」のこどもの安全を守る部門での入賞、「長崎デザインアワード2012」の銅賞受賞という社会的な評価を得ることができ、関係者一同喜んでいます。

 


デザイン画(CG)
デザイン画(CG)

ユラリ(新製品開発中/株式会社無限工房)

パーソナル・リラックスチェアのデザイン

 ウレタン素材構造による弾力性と人の体重とのバランスで生み出す、メカやフレーム構造のないウレタンだけの軽くて柔らかいリラックスチェアーです。

 特徴として、底面カットによる、チェアの角度を変えることができることと併せて素材の弾力性を活かすことで、大き後方に身体をあずけてストレッチしたり、ロッキングさせたり、座る人の身体に馴染んでくるリラックス感を楽しむことができます。

 また、チェアから下りる時は、元の通常の椅子の角度に戻して立ち上がることができるので、一般的なリラック椅子より楽に座り下りができます。


イメージスケッチと試作品
イメージスケッチと試作品

パピリオ(新製品開発中/株式会社無限工房)

椅子と座椅子との中間高の座椅子感覚の立ち上がり易い椅子のデザイン

 和洋折衷生活空間における「座」の高さにマッチングする立ち上がり易く、高齢者等の膝の弱い人の膝への負担を軽減した、立ち上がり易くまた座りやすい、ゆったりと胡座をかいたり横座りしたり、老若男女だれもがくつろげる椅子です。

 また、簡単に組み立てられるノックダウン方式を採用、流通コストや価格を押さえた商品となっています。


これまでに携わった主な仕事


ノスタルジアマッチケース入り試作
ノスタルジアマッチケース入り試作

明治大正時代のマッチラベルの復刻と商品化

 ”マッチ1本火事のもと“という標語をご存知の方だったらお分かりかも知れませんが、「竹の子マッチ」というマッチ箱を覚えていますか。このマッチ箱を製造していた会社の創立60周年事業の記念品企画、という仕事が私に舞い込んできました。その当時マッチは、ブックマッチ(喫茶店など)や百円ライターの出現により、ほとんど消えそうになっていましたが、依頼主の社歴の中から、誰もが分かる、しかも懐かしさを覚えることのできるマッチラベルが相応しいということになりました。

 30歳になるかならないかという私は、ほとんど見たこともない、もの凄い数のマッチラベルの楽しい選定作業から、復刻となると、やはりマッチの軸は本物の木で、箱も紙製ではなく木(薄い経木)で、火薬の色もその昔と同じの黒(当時は赤)で、などと段々望みは高くなっていき、ラベルの印刷方法も当時のようにできないものかとエスカレートしていきました。

 マッチ輸出産業全盛の明治大正の頃は、まだ日本では白黒印刷の時代で、カラーといっても荒いスクリーンのような凸版(原色版)の多色刷り、マッチラベルが輸出用として先進のカラーになっていたのは驚きでした。残念だったのですが、印刷だけは当時と同じ印刷手法は不可能ということになり、結局凸版の味をできるだけ表現できるよう版下を準備し、オフセット印刷に頼ることにしました。

 箱に収まった試作品は、予想以上の好評価をいただき、これは売っても売れるんじゃないかという話に発展し、「ノスタルジアマッチ」商品ができあがりました。

 

 最近もよく雑貨屋などでマッチ箱を見かけることがありますが、当時の担当者K氏のプロデュースによるもので、このマッチの復刻がきっかけと言っても過言ではありません。


記念に頂いた指物の茶筒
記念に頂いた指物の茶筒

地場産品のデザイン開発(駿河伝統工芸とのコラボレーションの想い出)

 バブルのバもない頃、デザインと産業の関わりによる地場産業の活性化やまちおこしが各地で大変盛んな時がありました。その当時、私は東京の渋谷区で小さなデザイン事務所をやっていて、静岡県清水市のインテリア壁紙のメーカーに毎月2〜3度訪れていました。

 清水市のある駿河湾に面する地域は、雨の少ない温暖な気候に恵まれ、ご存知の通り駿府城のお膝元というばかりか、近くには小田原、沼津、箱根、東海道などと大変栄えた所ばかりです。したがって、産業も歴史があり、繊細な竹細工の虫籠や箱根の寄せ木細工など、屈指の伝統産業が数多く残っています。

 私は、30歳代前半、静岡県の異業種交流事業という銘のもと壁紙メーカーと伝統工芸産業との合同による商品の研究開発事業に携わることができ、伝統工芸師の指物職人の方と、今で言う、コラボをさせてもらった大変貴重な経験の持ち主です。

 

 最初は、職人さんたちへの挨拶と現場視察で精一杯となり、嬉しい反面萎縮して口をきけなかったことを覚えています。職人さんの目が、“お前みたいな若造に,デザイナーに、何ができるのか…”と言われているような気がしていました。しかし、いつしか気がつけば、意気投合して、あーでもない、こーでもない、と話ができるようになり、左の写真にある「紙布」と「指物」と「漆塗」と私のデザインが融合した、それまでに無い新しい製品ができ上がりました。そして,その事業の最後の別れの時、一緒に造ってくださった伝統工芸師の方から写真の茶筒を記念にといただきました。私はほんとに嬉しく、ご一緒できたことに感謝をし、また光栄に感じました。そして後日、静岡県県産品グランプリ賞を受賞したという知らせを受けました。

 

 この茶筒は言うまでもなく、接着剤や釘など全く使わない木の特性や癖を考えて造られた指物細工によるものです。その精巧な技の凄さは30年以上経った今も、ほとんど狂いもなく変りません。

 その凄さをご紹介しますと、この茶筒は8角形で,上部3分の1辺りで同じ形状の蓋が、そして中に内蓋があるというものです。それに表装としてというか、桜の木の皮を貼ってあるように見えますが、確かに桜の木の皮なんですが、貼ったのではなくそのまま皮一枚残して加工してあるのではないかと思います。

 もう一つの注目すべき点は、蓋と中筒との数字では表せない加工精度です。敢えて8角形にし、どの位置であっても同じように蓋が閉まらなくてならない、内も外もその精巧さが要求されるという代物なんです。内と外との隙間を大きくすれば解決できると思われるかも知れませんが、大きいとガタが生じて蓋としての役割も損なわれてしまいます。この隙間の適正な目安というのは、でき上がってから分かる、蓋を上で手から離すと蓋が独りでにゆっくり落ちていって静かに閉まる、という具合なのだそうです。手で押して閉めるものではないそうです。今もその具合はほとんど変らず、もちろんどの位置であっても、同様にふわっと宙に浮いて落ちていきます。

 私は、日本茶が好きで故郷の八女茶を入れて嗜んでいます。

 

 その頃からデザインに対して疑問というか,少々納得のいかない気になることがあります。それは、デザインは本来人の生活を芸術的な要素を持ち合わせながら、精神的に、また道具として機能的に、豊かにするのが役目であったろうと思っていますが、いつしか企業の営利目的の手段となり、ものづくりの手法は生産効率優先の型を使う量産方式に変ってしまいました。その結果、伝統の技で継承してきたものは高価な物となり、一般消費材のほとんどは量産品に変わってしまい、職人さん達にあっては死活問題になってしまいました。

 このような状況を助長する要因の一つとして、私も含む多くのデザイナーが、営利優先企業の量産用商品のデザインに関与してきたことについて、多いに反省の余地があるのではと思っています。


鈴鹿サーキットの施設サイン、ポスターなどのデザイン(ホンダランド株式会社)

 本田技研工業(株)のグループ会社の一つにホンダランドという鈴鹿サーキットや鈴鹿ランド、多摩テック、朝霞テック(遊園地)を運営している会社があります。

 その施設のPRポスターやリーフレットのデザインと施設サインのデザイン業務を受託する機会を得ました。


諫早小学校校舎正面玄関
諫早小学校校舎正面玄関

諫早小学校校舎デザイン(1996/計画倒れのスターツリー構想)

 私が諫早市へトラバーユして先ず手始めに関わらせてもらった仕事は、諫早小学校校舎の建設にかかる外観デザインと外構計画等でした。

 外観は、当時の野田市長の意向でもあった長崎県に因んだ塔屋付きのレンガ積み(実際は化粧)のイメージにし、時間が経っても古くまた汚れが目立つようにならない、むしろ古さが風合いとなって積み重なっていくよう考慮しました。また、正面側の校舎壁面に大きな壁画(陶板)が掲っていますが、この壁画の原画は当時在学中のこどもたち中から公募したもので、もう本人はすでに成人しているかも知れませんけど、Sちゃんという女の子の作品です。そして、建物周り(外構)についても、時間の経過とともに自由に大きく育つよう高木(メタセコイヤ、槻など)を植え、いずれ校舎と大きな並木が整うよう樹木を配置しました。

 そしてもう一つ、実は時間の経過とともに形作られていくよう計画したものがあったのですが、このBlogを書こうと先の日曜日に懐かしく訪れたところ、残念ながら途中半ばでもろくも挫折状態にあるのを目撃してしまいました。

 その計画というのは、ずっと以前アメリカのとある大学のキャンパスに “スターツリー” という円状に植えられた5本の針葉樹を中から見上げると、星形の空を仰ぎ見ることができるという、アメリカ留学経験のある知人H氏から聞いた話を拝借したもので、5本の木とその真ん中に空を見上げている子どもの彫刻を配するというものでした。

 ところが、現地へ行ってがっかり、5本ある筈の木が2本しかなく、星の形をつくることができない状態になっていました。

 

 建設当時、造園業者の方から、5本の木を枯らさず同じように成長させるのは大変難しく懸念されるという話を聞かされ、例えば、姿形は同じように見える木でもいろんな場所から寄せ集めたものはダメだということ、それでまた、同じ条件で育った同じ大きさの苗木5本を集めることが大変難しいということ。そして、成長とともに星形になるには、円錐形の姿をした高木であること、ということでした。剪定によって形づくるのではなく、自然に任せて5本がバランスの良く成長してくれることででき上がるということですから、そうは簡単にいきません。

 今となって思えば、専門の方とは言え無理にお願いしたことが、現在の状況を招く結果になったのではと申し訳なく反省をしてしまいました。

 

 子どもの像は今も空を見上げたまま、星の形をした青空をいつ見れるのかと座ったままでした。さぞや、首が疲れてはいないかと心配に思えてなりません。

▶アメリカの本家本元の「Star Trees」はこちら


諫早図書館
諫早図書館

諫早図書館改築移転事業(基本計画・建設計画・建設、2001.09開館)

 当時の吉次市長のもと、文化関連施設の複合化構想から図書館単独事業に切り替えての具体化が進み、諫早市教育委員会に市長部局から出向しての新図書館建設室長という重責を担う旧図書館(蔵書数50,000冊)の移転改築を担当いたしました。

 新図書館建設場所は、元諫早小学校運動場跡地に決まり、当市ではまだ珍しい二段階方式を実施して全国から建築設計案を公募しました。応募総数00の中から最優秀案提案者を設計者(株式会社久米設計)として選定するとともに、市民グループや図書館職員などいろんな人の意見を集約しながら設計をいたしました。また建設工事に際しても、地元とのJV方式を採用して建設途中の見学会なども開催しながら建設を進めました。


こどもの城パース
こどもの城パース

諫早市こどもの城企画整備事業(自然環境を活かした児童健全育成施設/基本計画・建設計画・建設、2009.03開館)

 2005年.3月の平成の合併後、新諫早市の市長に再選された吉次市長の選挙公約の一つであった「こどもの城』建設を担当することとなり、暗中模索しながらその基本計画づくりから始めました。合併特例債という国の措置を受けながら、事業規模を検討しながら建設場所の選定や建設要件等を詰める作業から入り、学識経験者と市民からなる建設検討委員会の設置と設計者の選定、建設を担当いたしました。

 当時、この事業も、公共事業のムダ使いと目される箱もの事業ではないかと厳しい目と反対意見にさらされ、予算獲得に苦労したことを想い出します。そんな中、設計者の選定方法については、市民公開のプレゼンテーションを盛込んだ設計コンペ案公開と審査会を設置し、応募資格要件等を吟味し県内設計事業者とのJV設計者を全国から募りました。

 2009年3月、予定より少し遅れてのオープンになりましたが、白木峰高原の自然を活用する野外プログラムなど、街中では体験できないことを通じて家族の交流を深めてもらえる施設として市民だけに止まらず県外からの来館者も多数ありようです。