新元号は、「令和」であります

 何という元号になるのだろうと、TVでは毎日のように報道され予測もされてきたのですが、ことごとく外れ「令和」という元号になりました。

 私は、「昭和」という団塊世代真っ只中の22年生まれで、戦後間もないまだ三種の神器と呼ばれた「テレビ」、「冷蔵庫」、「洗濯機」が普及する前のマイカー時代など到底想像もつかなかった時代でした。少年時代、成人・社会人と「昭和」の高度成長時代を無我夢中に、そして40歳半ばに「平成」を迎え諫早人になりました。バブルが弾けた「平成」時代は、ハイテクやインターネットによるグローバル社会の到来となったのすが、日本では正に私たち世代が要因となる超高齢社会が訪れました。また、国際化の波が押し寄せる中、やむおえないとは言え日本的な価値観が段々と損なわれていったようにも感じます。

 そして、72歳目前にして「令和」を迎え三つの地代を跨ぐことにましたが、世界は未だ戦争が絶えません。年号に日本国としての気持ちを込めることには全く異論はありません。込めた気持ちに沿う時代になっていって欲しいと願うばかりです。

 

 さて、息子の一土は、この四月に小学校三年生になり8歳になります。そして、7月9日で9歳になります。まだまだこれかの一土にとって、この新たな時代「令和」はどのようになっていくのだろうと思ってしまいます。「平成」のままではなく「令和」に変わったことで、密かに期待を持ってしまいそうになります。と言っても、社会の変動如何ではなく自分自身次第であるということは分かっていますが、やはり戦争や紛争などの政治的な要因が引き起こす不幸は絶対にあってはならないと思います。息子の名前「一土」という字は、『一』に「一つ」や「和」という思いを、そして『土』は「大地」や「地球」を、すなわち『一土』は、「地球は一つであること」、「世界は一つであること」という思いを込めて付けたものでした。

 私は、この「令和」という字を見せられた時、真っ先に心の中で「一土」という字と照らし合わせ厳粛に受け止めました。その意味や出典などの解説を聞き、我が息子の「一土」に共通するものがあるように感じました。私は、この新元号「令和」に対し、とやかく言える知識も立場もない一国民でしかない者として敢えて言わせてもらうとしたら、「日本」という精神文化を重んじる国民が「和」を為すというこれまでと異なる「国」を意識した観が感じられることに、何もその点を余り強調しなくても良いのではないかと思いました。国と国との間に「境」があることを必要以上に強調することは如何なものかなと思いました。近年、引き継がれてきた隣国とのそれらの問題を抱えていることもあり、過去日本が行ってきた政治的な行動も然り、戦後まもなく生まれた日本人の一人として、そのような思いになりました。