クリスマスから大晦日、新年、淡々と

 12月は、何かと忙しない落ち着きのない、我家もそれなりにクリスマスの頃から師走という字の如く慌ただしくなり、各自の心がけ次第で年末からお正月をどのように過ごせるかが決まります。

 今年は、各自それぞれに早目に消化し、年賀状書きや息子のXマスプレゼントとお年玉プレゼントを前倒したので焦る必要がありませんでした。また、大晦日の除夜の鐘、元日の初日の出(曇りで何れにしても不可)もパスしゆっくり起き、ささやかな御節とお屠蘇もどき、そしてお雑煮をいただき、地元の八坂神社へ家族四人で初詣に行ってその足で家内の実家(本町アーケード)の仏様に参りました。実家では家内の妹が迎えてくれ、家内家族と一緒にお正月料理をご馳走になりました。そして、家内と息子は、親戚の叔父さんご家族(義父の弟さん)に年始とお見舞いに伺い、一土にお年玉をいただきました。

 

 今年の八女の実家への年始詣りは、例年の日帰りドライブと違う4日〜5日一泊二日の初めてのホテル利用で、前日は福岡に買い物に行って鳥栖に泊まった後八女に行くというものでした。二日間、ともに天気にも恵まれ心配された高速道路の渋滞もなく、のんびりと小旅行気分を楽しみました。これまでは、我が家は要介護老人(義父・家内の父84歳)と同居しているため長時間の外出や外泊などができず、家族でホテルに宿泊したがありませんでしたが、昨年からデイサービスとショートステイを利用してもらうようになり4・5・6日のショートステイをお願いしました。

 初日の4日は、義父をショートステイに送り出した後、福岡のIKEAと久山のトリアス久山へ買い物に、その夜は鳥栖プレミアムアウトレット近くのホテルで一泊、そして2日目に八女の実家へという予定で出かけました。ホテルは、一部屋のダブルベッド+二段ベッドというビジネスタイプで、それが思っていたよりもずっと良く想像以上に快適でした。二段ベッドは息子は危ないので私にし、家族初めてのホテル宿泊経験ができ息子も大喜びでした。

 ホテルでの朝の目覚めは普段と同じ7時頃、朝食はホテル近くの“コメダ珈琲店”でゆっくりと、名古屋地域で有名な店がすでにこの辺り迄進出して来てるんだなあ、と思いながら、安くてボリュームたっぷりのパ

ンと飲み物で美味しくいただきました。そして、八女の時間迄まだ余裕があるのでプレミアムアウトレットに寄りました。開店時間であろう10:00時には駐車場入り口には多く車が並んでいて、もう少し遅かったら大変な目に遭うところでした。少しの時間でしたが、特にテンピュール、REGO、BOSEショップに寄って来ました。

 さて、八女実家へは懐かしい国道3号線を周りの景色や街並みを楽しみながら下り、予定のお昼過ぎに無事に着きました。いつもながら少し高揚感を覚えながら玄関の呼び鈴を押すと、“は〜い”という紀美子姉の声、玄関ドアを開けるとにっこりと微笑んで紀美子姉と知史さんが一緒に出迎えてくれました。

 実家では、早速仏壇にお参りをして先祖に報告とお願いをし、座敷で改めてお正月のご挨拶を済ませました。息子が会えるのを楽しみにしていた和可ちゃんは風邪気味だということで恵仁さん(甥の嫁)と病院に送って留守でしたが間もなく帰り、実家の家族と揃ってお正月のご馳走をいただきながら楽しく歓談しました。和可ちゃんが今年大学受験でこの2月初めから始まる受験に向け、食事もそこそこにまた慌ただしく受験塾に戻って行きました。第一志望は東京のR大学とのこと、無事希望の所に合格できるといいのですが…、私は2浪でしたので現役で進んで欲しいものです。

 ご馳走は、お正月料理のほか、我家ではほとんど食べる機会のない一土の大好きなお肉たっぷりのすき焼き風の鍋で腹一杯美味しくご馳走になりました。

 

 食事と歓談の一時を終えると、私が子ども頃来ていた福島八幡宮(八幡さん/放生会)に実家の家族と一緒に初詣に寄り、その後広川IC近くの病院に入院中の兄貴を見舞いました。子どもは入室不可ということから、家内と息子とを玄関ホールに残し私と実家の家族で入室しました。兄貴は、昨年見舞った時よりさらに痩せ(ベッドの体重計:30Kg)、酸素マスクをつけ目を閉じてベッドに横になっていました。

 “お正月の挨拶に来ましたよ〜、智ですよ〜、分かるよね〜、家の仏さんにも参って来ましたよ〜”と声をかけると、兄貴は目を大きく開らき、私の顔を見て何か喋ろうと口を動かしながらうなずいてくれました。私は、もう一度 “ 智、智ですよ〜、来ましたよ。”と言ってやせ細った手を取り、そのまましばらくお互いに顔を見つめ合ったままにしました。“ 分かったよね〜、智ですよ〜、もうしばらく元気でいてください、兄たち(関東在住の他二人)も会いに来ますから” と。兄貴は落ち着いたのか、その後また目を閉じそのままじっとしていました。兄貴一人だけの病室(二人部屋)に酸素呼吸のマスク越しの呼吸音だけが響き、頬痩けた口元さらに弱々しさを感じずにはいられませんでした。

 そのまましばらくした後、” また来ますからね〜、それまで元気にしていてください。そろそろ帰りますよ〜、また来ますからね〜” と再び声を掛けると、今度は目を逆に強く閉じて顔を歪めてくれました。そして、握っていた手をピクピクと震わせながら、目にしわを寄せずっと顔を歪めたままでした。私は、そのまましばらく握った手を摩り、致し方ないことだとは分かっているものの、変わり果てていく兄貴の姿を見ることしかできず自分の無力さを感じました。

 また、近々会いに行くつもりです。側に行くことしかできないのですが。