お盆

帰路の長崎自動車道「大村PA」からの落日後の西方空
帰路の長崎自動車道「大村PA」からの落日後の西方空

 お盆と言えば故郷、私にも福岡の片田舎に生まれ故郷があります。13日、家族を連れ先祖へお線香をあげて簡単な報告と、私にとって親代わりと言える大変世話になった兄貴を病院に見舞いました。

 今年のお盆は義姉さんからお誘いを受け家族三人で伺うことになり、当地諫早から八女までは長崎自動車道で所要時間1時間45分ほど、11時頃の到着を目指し我が家を9時頃出発しました。心配されていたお盆の高速道路の交通渋滞(上り線)もなく、予定通り11時過ぎに着きました。

 福岡西区からお盆の里帰りで来る予定だった佳代ちゃん(姪)と子供たち2人(大学3年生裕晃君、高校3年生の奈緒ちゃん)も、渋滞は免れたようで少し前に既に到着していました。佳代ちゃん家族とは、私は母親の27回忌の法要で会っていましたが、家内と息子の一土は初顔合わせだったのでしばらくは恥ずかしそうでした。でも、実家にはこれまでも何度もお邪魔していたので、お馴染みのお座敷で一緒にお昼ご飯をいただいている内にすっかり打ち解けることができました。

 今年は、年寄り中心から子ども達中心に替わり世代交代を感じるメンバー構成となり、鉄板焼きを囲む焼肉パーティー風となりました。肉大好きの一土は、向かいに座っていた和可ちゃんと奈緒ちゃんに話しかけられて楽しそうにいっぱいご馳走になり、得意のピアノを披露したり和可ちゃんの部屋を見せて貰ったりし、お姉ちゃんたちに遊んでもらい楽しそうでした。

 これまでは、このような実家での会は必ず上座に兄貴(長男)が座っていたのですが、この三年ほど前から兄貴が老いて入退院を繰り返すようになってしまい同席できなくなりました。歳月の流れは致し方なく、私たちの両親と過ごした時以来変わることないお座敷の風景はなんとも言えない静かな風格を感じました。

 

 すっかり長居をして午後4時を回ったので、帰りに病院の兄貴を見舞いに寄りました。兄はすっかり年老いてしまい、前回の時よりさらに痩せ衰えていましたが、眼をしっかり開けて私たち家族のことをちゃんと分かったようで大きく頷いてくれ、気は確かなようでした。今日のこの時間は、忘れられない時間になるかも知れない、と込み上げるものを我慢しました。年々、故郷は、私にとって掛け替えのない大きな存在となっていきます。

 帰路、大村湾PAから落日直後の西方の空です。