有田で、従兄弟と40年振りの再会

 今年古希を迎えたばかりの私より一級上の従兄弟、東京在住の吉田穂積さんが、奥さんと二人でご自身の出生の地宮崎の鉱山跡に向かう九州巡りの旅に来られ、その途中佐賀県有田で久しぶりに会う機会を得ました。お互いに懐かしい子供頃の話や近況報告、そしてそれぞれの兄弟や他の従兄弟のことなどの懐かしい話を聞くことができ、血の繋がりという不思議な喜びと誇らしを感じることができました。

 私の父親幸一郎は吉田家の長男で、三男の三郎叔父さんの三男坊となる穂積さんは一つ違いの従兄弟にあたり、子供の頃私たちは夏休みとなると本家の我が家に毎年のように泊まりに来ては一緒に遊ぶという仲した。そんな二人には共通する一面もあり、吉田一族の中ではどちらかと言えば異色を放つ存在で、その後の社会人として進んだ道がPCソフトウェアー(ゲームソフト開発等)会社とデザイナーという当時では珍しい職業につきました。

 私が30歳の頃、東京神宮外苑近くの千駄ヶ谷で小さなデザイン事務所を開設して間もない時に穂積さんが訪れてくれ、最近PCソフトやPCゲームの会社に転職されたと、また事務所も青山で近いということでした。その移られた会社は当時日本では珍しく、PCソフトの開発という先駆的な分野にいち早く着眼された企業で後に誰もが知るAスキーという会社になりその役員も務められました。話は戻って、私の事務所に来られた時の話を未だに覚えていますが、当時アメリカではビルをただひたすら落ちないよう登りゲームが流行っていて大変人気だと私に語り、何か面白いアイディアは浮かばないかと熱く私に語ってくれました。今回は、その懐かしい時以来本当に久しぶりの再開ができ、お互いに元気な内にできたことが何よりでした。

 有田での再会のきっかけとなったのは、穂積さんの故郷が福岡県の筑豊地方であるため奥さんと二人で九州旅行に訪れ、有田在住のN山さんという同級生の方に会うために訪れその場に私も同席させてもらうということで有田まで車で行き再会ができました。再会の場所は、N山さんたちの活動により開設された古民家活用による趣のあるカフェ「小路庵」でした。有田では、丁度400年の歴史を祝う秋の陶磁器祭りが開催されていましたが、春のゴールデンウィーク期間に開かれる陶器市のような混雑もなく、天気にも恵まれゆっくりとまちなかを散策したり陶磁器のまち有田の歴史を見学し日本の産業革命の一端を担った芸術と産業を調和させた世界的な陶磁器産業の凄さを改めて鑑ることができ、厳粛な気持ちを覚えながら従兄弟との再会の機会を得るという貴重な一日となりました。