熊本大地震勃発と高校クラス会延期

 長崎県に住んでいる私たち家族にとって、これまで大きな地震の揺れを感じるということは殆どありませんでしたから、自宅マンション7階では携帯電話とTVの緊急地震速報がけたたましく流れ不気味なガタガタという音とともに突然大きな横揺れが続きました。私は、その時書斎でPCを触っていて、余り物揺れに慌て家内と息子のいるリビングへ行き、家内と一土がすでにダイニングテーブルの下にもぐり一緒に避難しました。揺れの時間は結構長く、20秒間ほどの長さを感じましが、実際は12秒ほどだと後で知りました。すぐTV速報が流れ、熊本の益城町が震源地ということで九州全域が揺れたのではないかと思われました。しばらくすると、東京の博至兄から電話が入り、八女の実家に電話を入れたけど繋がらないということでした。多分、電話がパンクしたのだろうと思われ、諫早の揺れの状況を話し八女は大丈夫だろうということで切りました。

 書斎でPCを触っていたというのは、実は5月22日開かれる予定の高校のクラス会「福高41会・3年5組雲仙会」の幹事役の私は、ホテルとの事前打ち合わせを済ませ4月20日を出欠回答の締切日にしていたので、クラスメイトとのメールのやり取りや出欠の確認、準備等を行っているまさにその最中の出来事でした。TVの緊急情報によると、熊本が尋常ではない状況になっているようだし、まだ激しい余震も頻発し、諫早でもその都度感じるほどでした。そのような落ち着かない中眠りについていた私たち家族は、真夜中突然の緊急避難速報とともに二回目の大きな揺れで目を覚まし、ベッドの上で家内と私は息子をかばって座ったまま揺れが収まるのを待ちました。自宅は、マンション7階の最上階ということもあり、また荷物も高い所にはほとんど置いてないのでそのままじっと待ちました。この時の揺れは、これまでに経験したことのない横にゆらゆらと長く揺れもので、今回は諫早でも被害が出たのないだろうかと思うほどでした。すぐ起きてTVを点けると、震源地はやはり同じ熊本でさらに大きな震度だったことが分かり、現地ではさらに余震が頻発しこの先どうなるのだろと心配される大混乱状態に陥っていました。

 私は、クラス会参加者の中に熊本在住のS田氏がいること、そして参加者の航空券予約等のことがあるため、早速関東在住のクラス会会長H氏に連絡を入れ、クラス会実施の適否の相談を、そしたらすでにS田氏と連絡が取れ会長によると、怪我はないが二回目の大きな揺れ(後で本震と判明)で自宅が半壊、断水停電等、インフラダメージにより日常生活継続が不能、まだ周辺の事情や全容が掴めず混乱状態、未だ余震の頻発により家の片付け等できない状況、娘夫婦の家に身を寄せるかも知れない、という状況にあるとのことでした。そのような中、クラス会開催の実施は愚かむしろお見舞いではと会長との相談の結果、即延期することを決定しました。雲仙会幹事の私は、すぐ予約しているホテルへキャンセルの電話を入れるとともにクラスのメンバーに延期のお知らせメールを打ちました。

 TV報道で地震の被害状況が段々と映し出され、その被害の大きさにというか自然の猛威を目の当たりにすると、以前通ったり訪れたことのある場所の崩壊した無残な姿、住宅や街中の悲惨な状況など、日を追う毎に報道される映像のただただその恐ろしさに大きさに驚くばかりでした。我が家の親戚筋など熊本に住んでいる縁者はなく、幸いなことにと言って良いものかどうか分かりませんが、日頃の平穏な生活を当たり前のことのように過ごせることの大事さを、家族とともに改めて再認識させられました。

 これからの復興に向け、日本人や日本のあり方について問われると同時に大きな期待をも寄せる一人です。日本は、これまでも度々の復興を強いられて来ましたが、その都度忍耐と努力により日常を取り戻し発展をして来ました。熊本大地震の復興においても、これまでの日本人のように前向きに取り組んで1日でも早い平穏な生活を取り戻しても欲しいと願っています。