亡き父親の50回忌

 私の親父吉田幸一郎の没後50年、八女の実家に男ばかりの四人兄弟が一人も欠けることなく集まりました。そう言えば、兄弟4人が皆揃うということは滅多になく母親の13回忌以来の10年振りぐらいではないかと思います。

 田舎教師をしていた親父は、私がまだ19歳の大学浪人の時、63歳という若さで癌に倒れました。久留米市内の某病院の個室に冷蔵庫や炊飯器などを持ち込み、母親と一緒に住み込んだことを思い出します。

  さて、お坊さんのお話によると、50回忌をもって法要は一応終わりですとのことでした。今回のように、兄弟皆元気に揃って迎えられるということは大変幸せなことで、本来はこの後もまだ続くのだそうですが、残されている家族も高齢になり同様に続けられなくなってしまうから、と教えてもらいました。我が家の場合は80歳の長男を筆頭に、末っ子の私が68歳で間に二人という四人ですが、もうしばらくこのまま元気に過ごせたらと思っているところです。

 

 法要は11時から始まり近くの小料理屋で昼食をいただいて午後2時ぐらいに終わりました。三男の郁夫兄は 日帰りでとんぼ返りしましたが、次男の博至兄は実家に一泊して福岡経由で帰るということで、事前連絡の取り私の車で瀬高の懐かしい清水山にドライブしました。この博至兄は、現在書籍「日本百名山」で知られる深田クラブという山のクラブの会長を務めており、各地を訪れてはその近くの山に登っています。