福高41会(3/5)クラス会 in 別府

 私の田舎は、お茶で知られる福岡県の八女というのどかな所で、高校卒業後一浪まで実家で過ごしました。その高校時代のクラス会が大分別府で開かれ、67~68歳という高齢になりながらも元気な12人が一泊二日(5/25,26)の楽しい一時を過ごしました。湯もまち別府言えば、温泉のほかすぐ思い浮かぶのが高崎山の猿ですが、今回は別府湾を挟んで反対の国東半島側の豊後路を楽しみました。


 福高41会(3/5)とは、福岡県立福島高等学校 普通科3年5組 昭和41年卒業同窓会ということで、今年は卒業後50年目の節目の年だそうです。月日の経つのは正に光陰矢の如しで、私は忘れていたのに当時の自分の話を聞かされるとつい昨日のことのように蘇りました。昔のことは、忘れているだけで、ほらほらと周りから突っつかれると思い出すことができるんですね。記憶がなくなっているんじゃなくて、それを引き出すことがことができ難くなっているだけなんですね。

 当時の高校生活は、3当5落という睡眠3時間は合格、睡眠5時間以上は落ちるという言葉があったくらい、大学受験のための勉強勉強の毎日でした。こどもの数が多く、後に段階の世代と呼ばれることになる一生競争を強いらるこどもたちでもありました。そして、我がクラス3年5組は、そのような時代背景のもと、公立高校の普通科でありながら半ば予備校化し進路や成績によってクラス分けがなされ公立大学等の名門大学を目指すクラストとして位置づけられたものでした。

 

 会一行12名は、別府市内にある歴史を感じさせる落ち着いたホテル白菊に18:00現地集合、八女から、関東から、福岡から、熊本から、そして長崎からとそれぞれマイカーに乗り合わせて無事到着、東京組は前日から八女に入り合流しての参加でした。私は、久しぶりの大分ということで、大分自動車道の山並みを楽しみながら所要時間最低3時間半を見込んでの一人でドライブでの参加となりました。ところが、予想より早く由布岳SAに到着、しばらく勇壮な由布岳や眼下に広がる別府湾を眺めながら休憩を取り少し早目の到着17時ちょっと前に集合場所のホテルに行きました。フロアーに入ると、臨時に設けられたと思われる受付席があり、そこに座った今回幹事の村本さんが最初の私を出迎えてくれました。その後、次々と他の同窓生も到着、小川さん運転の福岡組が17:20頃最後の到着となりました。

 

 さて、初日夜の宴会は、それぞれに楽しい近況報告会を、自慢話のほか人の不幸話は何故にこんなに楽しいものかと意味不明の華麗ならぬ加齢による大笑い、続いて翌日は朝から豊後路の歴史探訪と地の美味しい料理を堪能しました。杵築(きつき)には杵築城(譜代松平/杵築藩)と城下町など江戸時代から引き継がれた由緒ある所が多く残され、またその隣藩日出町に今なお残る曹洞宗康徳山松屋寺(しょうおくじ/全く知りませんでした)、国東半島の東側を治めていた豊臣秀吉に所縁のある旧日出藩主木下家の菩提寺があり、立派な位牌堂やお墓、数々の秘宝が残されていたのには驚きました。

 また、大分と言えば、酒好きの人にはたまらない(有)二階堂酒造がありますが、地域貢献のために(財)二階堂美術館を設立し近世〜現代の日本画を収蔵しています。横山大観、下村観山の二人の巨匠の作品をはじめとする有名な画家の絵を堪能しました。

 

 散策は、ボランティアガイドのオバさんに先導されての小走り状態、恵まれ過ぎたカンカン照りの中水分補強もままならず、無事13:00時予約済みの昼食にあり着けました。杵築の食べ物と言えば、杵築城のすぐ下の海(湧水が出ている海域)に生息するマコガレイの刺身とのこと、初めていただきました。淡白でコリコリとした大変美味しい城下カレイ尽くしでした。そして、15:30頃それぞれ帰路へ、再会を約束して終わりました。私は、平田安五郎君をJR鳥栖駅まで送って夜の帰宅となりました。

 

 今回のクラス会は、江戸時代の城下町と高校3年生の青春時代にタイムトリップできた無条件に楽しい時間でした。幹事さんありがとうございました。来年のクラス会は長崎となりましたので、小生がお世話役となる予定です。

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コメント: 1
  • #1

    川島明美 (火曜日, 07 8月 2018 14:31)

    素敵な写真を拝見しました。湯布院は行ったことがありますが別府に行きませんでした。いい所ですね。機会があれば行ってみたいです。昔お世話になった方のお名前を検索したらこちらのブログを見つけました。若い頃の友達は良いですね。楽しく読ませていただきました。ありがとうございました。