<新社会人エピソード>掟破りの就職試験と卒業延期

 私は、子どもの頃から絵が好きだったので美術大学のグラフィックデザイン科に入学し,卒業と同時にH技研という当時はオートバイで名の知れる会社の二輪車部門の新米デザイナーとして就職しました。そして、入社後間もなくデザインイメージが採用されりことになり、担当したのがご存知の方は少ないと思いますが、ノーティダックス(DAXの派生機種/ワイドのバルーンタイヤ仕様)という小さい排気量のレジャーオートバイでした。

 

 さて、私の大学卒業と入社試験については、少々の掟破りがあったことをここで正直に明かしておきたいと思います。

 今どうか知りませんが、当時の新卒者の入社試験では大学の紹介状と卒業見込み証明書が必要でした。私は、グラフィックデザイン(平面デザイン)科を専攻していましたが、グラフィカルな立体的なデザインが好きになり就職先もメーカー入りたいと思うようになっていました。

 そこで、大学の紹介状が要るということなので、なぜか、諦めることは頭に浮かばず、その紹介状を書いてもらおうと専任教授の研究室に相談に行ったら、工業デザイン科ではないので無理だと断られ、あっそうか、じゃあ立体の方に相談すればいいんだと思い、工業デザイン科の教授のところに行ってたら、教えたことのない顔も知らない君を!と強く怒られました。ここで普通は諦めることになるのでしょうが、なぜか諦めることなく、じゃあH技研の人事課に直接聞いてみようと、“私は御社の就職試験を受けたいんですが、専攻学科が異なるため大学から推薦状をもらえない”と、電話をかけてみたところ、二つ返事で、どうぞと返って来たんです。

 四年生になった4月早々の入社試験会場では、同じ大学の推薦を受けた学生からなんでお前が…と不思議そうな顔をされ、私は肩身の狭いを思いをしながらの試験に臨みました。実技試験ではスケッチをのびのびと描くことができ、面接もその日していったネクタイの話がほとんどで特に緊張するようなこともありませんでした。

 一週間後、アパートの郵便受けのにH技研工業株式会社と明記された一通の郵便物が届き、ドキドキしながら封を切ると、ペラッと一枚の紙切れが入っていました。なんと採用決定通知でした。

 実は、試験に臨む直前の三年生の3月の春休みは,九州の実家に帰らずフリーハンドで立体物をイメージして描くスケッチの練習を、毎日一人アパートでひたすら何時間も練習をしました。今になって思うと、この時の一夜漬けのような一時の努力によって私の人生は決まったようです。地道な努力をしない要領の良い生き方は、この時すでに始まっていたんですね。上のスケッチがその時のもので、このスケッチを見せて工業デザイン科の教授に紹介状の相談をしたのですが、”誰に借りて来た!グラフィックの学生が描けるわけがない!”と一喝されて終わりでした。

 

 4月早々に就職が決まった私は、4年生の間は就職活動がないので好きなバンド活動に熱中し、就職が決まった者を大学側も落とすわけないだろうと授業をさぼってばかりでホイホイ過ごしていました。そしたら読みが外れ、正月頃だと思いますが、大学から卒業延期の通知が親元に届き大騒ぎになりました。これでは、「卒業見込み」が取り消されたら大変なことになると大慌てでした。結局、卒業制作のほかに、「追提」という措置で免れることができました。