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3月 18日, 2017年
息子一土6歳は、平成29年3月18日大好きな担任のE美先生を始め幼稚園の先生方に2年間お世話になり、幼稚園生活を元気に無事修了しました。...

3月 14日, 2016年
 息子一土は、昨年の四月から通い始めた幼稚園生活、純心幼稚園の年中さんを無事に終えました。併せて、同園放課後に開かれている幼児スポーツクラブ「コスモスポーツクラブ」も今期終了し銀メダルを受賞しました。...

3月 04日, 2016年
 五歳になる息子は、最近絵を描くことが大好きで朝から描いていることが多くあります。まだ色をつけることはできませんが、ロケットや乗り物などを一気に描き上げます。 もともと三歳頃からその傾向はあり、親子でよく一緒に空き箱や段ボールを活用して隠れ家や機関車、ピタゴラスイッチもどきなど、作ってを楽しんでいました。その頃から、ボールペンや鉛筆で地図と言って何やら線画を描くようになり、今は八女の実家からもらったフィギアがきっかけとなり、スターウォーズにはまってストームトルーパー(新旧)やダースベーダー、宇宙船などを繰り返し描くようになりました。それも、実物や絵を見ながら写生するのではなく、頭の中に入っているイメージをスラスラと描いてしまいます。また直近では、近くのプラモデル屋に飾ってあるガンダムに凄いショックを受けたらしく何度も通い、ウインドウのガラス越しに眺めています。  息子の一土の将来のことはさて置き、今一土が興味を持っていること、今やりたいこと、今楽しみたいことを精一杯やらようと思っています。そんな楽しい想い出作りを通して、その中から本当に好きなことを見つけてくれればと密かに思い、親として一土の遊び相手になってあげることと、幸いに私はデザインの仕事をしていたこともあり、こうして一緒に楽しむことができることについて、こんなに幸せなことはありません。  せいぜい、好きなだけ自由に絵を描けるようスケッチブックなどを調達してあげようと思っているところです。  今は、私の小さい頃と違い百均のお陰で気軽に白紙が手に入ります。我が家は本当に助かっています。

2月 22日, 2016年
 純心幼稚園の年中組に通園している一土は、入園と同時に同園のホールで放課後に行われている幼児スポーツクラブ「コスモスポーツクラブ」にも通っています。このクラブでは、だいたい週一のペースで月曜日の午後年少から年長の子供たち20名程度で、マット運動や鉄棒、飛ぶ箱、縄跳び、ボールなどを使いスポーツを楽しみながら身体を鍛えています。息子は、身長は大きいほうになりましたが、運動の方は他の子ども達と比べるとまだまだ体力や腕力がなく、付いていくのがやっとでなかなかできるようになりません。だけど、あっけらかんとみんなと楽しく続けています。私たち親も、焦らずにその内にできるようになるでしょうと見守っています。  その一コマ、息子の一土が今まで苦手だった逆上がりを初めて成功させた時の動画が、入院中の私のスマホに送られてきました。この日は、家内が迎えに行く前に2回も自分でできたと嬉しそうに報告してくれたそうで、その後家内が写したものです。  息子の一土は、少しづつではありますが、幼稚園に通うようになってからはいろんなことを指導してもらい、着実に成長している様子を目の当たりにし、ついつい甘やかしてばかりですが本当に通わせて良かったといつも思っています。  今は、まだ幼い年中さんということで後1年幼稚園にお世話になり、それから小学校、中学校と、まだまだずっと子育ては続きます。いつまでできるかは定かではありませんが、私もできるだけ長く元気に付き合っていかなくては、と思うこの頃です。
1月 24日, 2016年
 天気予報の雪マークを楽しみにしていた息子、一土は前日からの雪模様の翌朝、起きるやいなや真っ白に降り積もった外の雪景色に大興奮。ベランダに積もったふわふわの雪を素手で掬い、冷たいはずなのに大声を出して大はしゃぎでした。マンション7階から眺める粉雪の舞う雪景色は、九州とは思えない一面銀世界に、それこそ今後もなかなか見ることができないであろう美しい情景をしばし眺めました。積雪17センチというのは、私は子供の頃経験したことがありますが、当地長崎県では珍しく大人にとっても興奮を覚える希少な体験ができました。私たち親子にとっても、良い思い出になりそうです。  大雪と言えば雪だるまと雪合戦が定番、朝ごはんを早々と済ませ私と一土は下の駐車場へ降り、まだ誰の足跡もないふかふかの雪の中を走り回ったり転げまわったりして雪合戦を楽しみました。手袋をしてましたが、間もなく手はかじかみ顔は粉雪が当たって冷たく、すぐに部屋へ戻って暖を取りました。しばらく休んだ後、一土は相当楽しかったらしく、第2弾をやろうと張り切って強力に誘われましたが、実は私は明日から長崎医療センターの検査入院という時でもあり、なんとかママに代わって相手してもらうことになり気が済んだようでした。  今回の大雪は全国的に見舞われたもので、九州地方では何十年振りということのようです。後に分かったことですが、各地で水道管破裂などの被害が多発し自衛隊の給水車が出動するほどでした。三日間ほど続いた交通マヒや断水の模様はTVのニュースでも取り上げられ、一大事になっていることを知りびっくりしました。幸いに、こちらのマンションでは何事もなく普段と同じように過ごすことができましたが、当たり前になっている日常のいろんなことについて、改めてその恵まれた社会資本のすばらしを再認識させてくれた大雪となりました。

1月 20日, 2016年
 私はリタイアーと同時にしばらく振りにMACを購入、長年続けてきた趣味のバンドやアウトドアの写真や動画の編集を楽しもうとデスクトップ型、ブック型、iPodタッチ、iPadを揃え、自分のHP(jiyujinmac2008.jp)を立ち上げることを目標にしました。...

7月 09日, 2015年
 先月の6月、今年の4月から通園している純心幼稚園のお誕生日会で祝ってもらったばかりですが、今月7月9日の今日本当の誕生日を迎え爺ちゃんの家で家族みんなで細やかに祝いました。  こどもの成長は早いものとよく聞きますが、つい先頃までおっぱいをしゃぶっていた子がアッと言う間に5歳になりました。本当に早いものだなあとつくづく思います。...

6月 21日, 2015年
 父の日の日曜日の午後、息子一土が通っている幼稚園で父親と園児で通園をするという父の日参観が行われ、初めて息子と二人で幼稚園へ行きました。  午後の1時20分、息子と私は手をつないで家から歩いて登園しました。日曜日なので、ほとんどのお父さん達が参加されていました。...

6月 18日, 2015年
 4歳の息子一土は、今年の4月から自宅近くの純心幼稚園へ年中から通うようになり、毎日休まず楽しく通園しています。その幼稚園の行事、6〜7月生まれの園児を祝うお誕生日会が開かれるということで家内と一緒に見学しました。今回祝ってもらえる子ども達は、年少、年中、年長の40名足らずで、7月生まれの一土もその中の一人として登壇、一人づつマイクを回し皆元気にご挨拶をしました。  ” すずらん組のよしだかずのりです。7月9日5歳になります。どうぞよろしくお願いいたします。” と。少し緊張気味ではありましたが無事に挨拶できました。もうすぐ5歳になるとは言え、壇上から大勢の前で挨拶できるようになるとは思ってもいませんでしたから、その成長ぶりを見て幼稚園の先生方に感謝と感慨深いものを感じました。    お誕生日会終了後、各教室の給食の様子を参観できるということで、一土のすずらん組(担任:岩崎恵美先生)の教室に行くと、前掛けをした園児4人の給食当番の一人に一土も入っていました。給食弁当は各自自分で取りに行き、お茶を当番制で配膳するとうものでした。各テーブルの準備が終わると、4園児前に並んで立ち神様への感謝の言葉といただきますを言い、エプロンをたたんで所定のところに返してから弁当をいただくというものでした。昼食は、水曜日の自宅弁当の除き他は給食ですが、一土も美味しくいただいているようです。  誕生日と言えばプレゼントが付きもの、たまたま一土の愛機となっていた初代iPadが、いつも見ているYou tubeアプリがおかしくなって動画を見ることができなくなりました。初代機のOSが、新しいYou tubeアプリに適合できなくなったようです。ということで、急遽致し方なく、一土専用のYou tube閲覧機としてアマゾンブランドの安価なタブレットをプレゼントしました。画面が小さくなりましたが、スピードはサクサク、音も良く、引き続きYou tubeを楽しんでいます。

5月 26日, 2015年
 私の田舎は、お茶で知られる福岡県の八女というのどかな所で、高校卒業後一浪まで実家で過ごしました。その高校時代のクラス会が大分別府で開かれ、67~68歳という高齢になりながらも元気な12人が一泊二日(5/25,26)の楽しい一時を過ごしました。湯もまち別府言えば、温泉のほかすぐ思い浮かぶのが高崎山の猿ですが、今回は別府湾を挟んで反対の国東半島側の豊後路を楽しみました。  福高41会(3/5)とは、福岡県立福島高等学校 普通科3年5組 昭和41年卒業同窓会ということで、今年は卒業後50年目の節目の年だそうです。月日の経つのは正に光陰矢の如しで、私は忘れていたのに当時の自分の話を聞かされるとつい昨日のことのように蘇りました。昔のことは、忘れているだけで、ほらほらと周りから突っつかれると思い出すことができるんですね。記憶がなくなっているんじゃなくて、それを引き出すことがことができ難くなっているだけなんですね。  当時の高校生活は、3当5落という睡眠3時間は合格、睡眠5時間以上は落ちるという言葉があったくらい、大学受験のための勉強勉強の毎日でした。こどもの数が多く、後に段階の世代と呼ばれることになる一生競争を強いらるこどもたちでもありました。そして、我がクラス3年5組は、そのような時代背景のもと、公立高校の普通科でありながら半ば予備校化し進路や成績によってクラス分けがなされ公立大学等の名門大学を目指すクラストとして位置づけられたものでした。  会一行12名は、別府市内にある歴史を感じさせる落ち着いたホテル白菊に18:00現地集合、八女から、関東から、福岡から、熊本から、そして長崎からとそれぞれマイカーに乗り合わせて無事到着、東京組は前日から八女に入り合流しての参加でした。私は、久しぶりの大分ということで、大分自動車道の山並みを楽しみながら所要時間最低3時間半を見込んでの一人でドライブでの参加となりました。ところが、予想より早く由布岳SAに到着、しばらく勇壮な由布岳や眼下に広がる別府湾を眺めながら休憩を取り少し早目の到着17時ちょっと前に集合場所のホテルに行きました。フロアーに入ると、臨時に設けられたと思われる受付席があり、そこに座った今回幹事の村本さんが最初の私を出迎えてくれました。その後、次々と他の同窓生も到着、小川さん運転の福岡組が17:20頃最後の到着となりました。  さて、初日夜の宴会は、それぞれに楽しい近況報告会を、自慢話のほか人の不幸話は何故にこんなに楽しいものかと意味不明の華麗ならぬ加齢による大笑い、続いて翌日は朝から豊後路の歴史探訪と地の美味しい料理を堪能しました。杵築(きつき)には杵築城(譜代松平/杵築藩)と城下町など江戸時代から引き継がれた由緒ある所が多く残され、またその隣藩日出町に今なお残る曹洞宗康徳山松屋寺(しょうおくじ/全く知りませんでした)、国東半島の東側を治めていた豊臣秀吉に所縁のある旧日出藩主木下家の菩提寺があり、立派な位牌堂やお墓、数々の秘宝が残されていたのには驚きました。  また、大分と言えば、酒好きの人にはたまらない(有)二階堂酒造がありますが、地域貢献のために(財)二階堂美術館を設立し近世〜現代の日本画を収蔵しています。横山大観、下村観山の二人の巨匠の作品をはじめとする有名な画家の絵を堪能しました。    散策は、ボランティアガイドのオバさんに先導されての小走り状態、恵まれ過ぎたカンカン照りの中水分補強もままならず、無事13:00時予約済みの昼食にあり着けました。杵築の食べ物と言えば、杵築城のすぐ下の海(湧水が出ている海域)に生息するマコガレイの刺身とのこと、初めていただきました。淡白でコリコリとした大変美味しい城下カレイ尽くしでした。そして、15:30頃それぞれ帰路へ、再会を約束して終わりました。私は、平田安五郎君をJR鳥栖駅まで送って夜の帰宅となりました。  今回のクラス会は、江戸時代の城下町と高校3年生の青春時代にタイムトリップできた無条件に楽しい時間でした。幹事さんありがとうございました。来年のクラス会は長崎となりましたので、小生がお世話役となる予定です。

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